[787-3] 窮鼠猫をかむ3 IE@管理人 2005/09/11(日)00:35 修正時間切れ
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思うに、何でもかんでも理詰めや拘束ばかりであったり、 AorB…オールorナッシング…絶対正義と絶対悪…完全か不完全か… 等の二元的な発想だけで、物事を判断したりしてばかりってのは、 何か違うんじゃないのかなぁ?と思う。 ちょっとのミスが命取り…ちょっと違うだけで、全否定。 って言うのは、そんな世の中やそんな環境なんて、 誰も彼も…たぶん…息が詰まってしまうんじゃ…? だから思うんだけど…「窮鼠猫をかむ」とか、 「逆ギレ」とか…「破綻」や「破滅」って言うのは… どこかに、ちょっとした…多少でも ゆとりや、逃げ道や休憩などがあれば、防げるものなんじゃないのかね? 風船だって、パンパンに張り詰めた状態。 そこにちょっとした衝撃を与えたら一気に爆発。 物凄くびっくりする事が起きるやん。 物凄い衝撃が返ってくるやん…。 でもそんなにパンパンでもない風船なら…ちょっとした衝撃を与えても、 そうそう爆発することは…。 もし爆発したとしても、それ程でもないはず。 そう考えると、何でも、キッチリキッチリばかりではなく、 やっぱどこかに遊びやゆとりとか、逃げ道ってモノを 作っておかないと… ってなことを思った今日この頃。 |
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