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「普通さぁ…○○だよね?」みたいなことを、よく聞かれる。 しかしそういうことを言うのは、あくまでも、 その発言をした人がいる井戸の中での『普通』であって、 別の井戸や池や沼,海での普通とは違ったり何てコトもあることをしてきすると、 どの人たちも、かなりビックリした感じの反応を示すんだよね。 所詮普通なんて…。 だから「普通ってさぁ…」みたいなことを聞かれても、 「普通はどうかは知らない。僕は…」 と言った感じで、大概答えてるかな。 要するに、普通なんてもの自体、何を基準にして、 『普通』ってものを定めてるのか…って感じじゃん。 そう考えると、何ていい加減なもんなんだろう…。 って、僕は思うんだよね。 何て言うか…責任の所在も由来も…何て曖昧で… みたいな感じでさ…。 そう考えると、一番責任の所在がハッキリらしてて… みたいなのと言えば…自分の考えなりを…ってなるじゃん。 普通から見たら、違ってたり、ズレてるかもしれない。 しかし、そう思うのは自分であり、考えの根元は自分であることは、 ハッキリしているわけだからね。責任の所在もさ。 ってことで、「僕なら…」って感じで、大概答えてる…って感じかな。 『普通』『一般的に』何てものほど、何を基準にしてなのか、 イマイチはっきりしなく、曖昧で無責任なものは無いからね。 ときどき、『普通』『一般的に』何てものを使うこともあるよ。 その場合は大概… 「…だと思うよ…。(僕は…)よくは知らないけど…。」 ってのを最後につけてるみたい。 それは、実際…そんなこんなのことがあるからこそ…。 |